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2009年08月 アーカイブ

2009年08月06日

フランスのゴシック解釈

フランスにおいて、ゴシック建築はその構造に特質があると考えられており、ジャック・ジェルメン・スフロがサント・ジュヌヴィエーヴ教会でその構造原理を応用したが、イギリスのようなゴシック研究には総じて関心が薄かった。1840年頃まで、フランスでは庭園の点景物としてしか、ゴシック建築の復興は見られない。その間、文学においてはイギリスのものが翻訳されるなど、ゴシック芸術に対する興味はかき立てられていたようだが、建築にまで影響をあたえることはまれであった。

フランスのゴシック・リヴァイヴァルを決定づけるのは、2人の人物、ジャン・バティスト・アントワーヌ・ラシュとウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクである。両者とも、主にゴシック建築の修復に取り組み、建築家や職人の育成に取り組んだ。ラシュは、アンリ・ラブルーストの弟子であるが、他の子弟たちのように古典主義の活動は行なわず、ゴシック美術の研究を行った。1849年にはムーランのサクレ・クール教会堂の設計にたずさわっているが、活動の多くは実際の建築よりも文献の出版によるところが大きい。実作についてはイギリスの教会建築学協会に貧弱であると評されるほどである。

反対に、ヴィオレ・ル・デュクは建築活動も盛んに行った。彼はナポレオン3世と密接なつながりを持っていたため、ピエールフォン城やクーシ城改修のための仕事を手に入れることができ、また、これらは皇帝を魅了することにも成功した。1860年に設計したサン・ドニ・ド・レストレ教会堂は、フランスにおいて影響の大きかった建物のひとつである。しかし、ともにゴシック・リヴァイヴァルの建築家であったウィリアム・バージェスは、彼のデザインについては厳しい目を向けている。実際、建築家としての力量は、あまり期待できるものではなく、彼もまた、歴史的建造物委員会の建築家として、司教管区建築局の検査官として、そして教育者としての影響力のほうが大きかった。 彼らの子弟には、ポール・アバディー、エミール・ボエスヴィルヴァルド、モーリス・オーギュスタン・ガブリエル・ウラドゥ、アナトール・ボドーらがいる。

ヴィオレ・ル・デュクは、フランスのゴシック・リヴァイヴァルに大きな足跡を残したが、彼と直接的なつながりを持たない建築家も存在する。サン・ポール教会堂を設計したシャルル・オーギュスト・ケステルやサン・エティエンヌ教会堂などの設計者シャルル・ヴィクトール・ゲラン、ギュスターヴ・ゲラン兄弟、そしてジョゼフ・オーギュスト・エミール・ヴォードルメールといった人物である。

フランスのゴシック・リヴァイヴァルは、歴史的建造物委員会と司教管区建築局が中心となって発展し、中世世界を高揚してゴシックを国民的様式とすることに成功した。しかし、歴史的建造物委員会の工事計画が市民建築総評議会に提出される取り決めがなされると、両者は激しく対立した。市民建築総評議会のメンバーはフランス・アカデミー出身の古典主義信奉者であり、ほとんどの人物はゴシック・リヴァイヴァルに反対の立場をとった。両者は工事の許可をめぐって火花を散らしたが、フランスのゴシック・リヴァイヴァル運動それ自体に大義や強力な理論があったわけではなく、やがてその活動は折衷的なものへと変化していった。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ゴシック建築はとても奥が深いですね。

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